屠殺~Prison slave~

屠殺の小説を書きます

捌 Liquidate your sins

カニバリズム・嘔吐などの表現がございます

 

「な、なんだよ、これ…」
 俺は剛陣先輩に連れられて、朝から外に出かけていた。本来なら、これから朝食とか、トレーニングがあるんだけど、剛陣先輩曰く、そんなことをしている暇がないほど大変なことらしい。
 確かに、みんな大慌てで何かをしていたし、何かがあったのは確かだ。だけど、俺は、あんまりそれを信じていなかった。
 だって、俺は明日人と灰崎に何があったかなんて、考えたくもなかったから。無事だって思いたいし、平和でいたい。
 でも、平和なんて嘘っぱちで、言葉だけだなんてことを、俺は知ることになってしまったのは、仕方ない……ことなのか?
 人間は、生きるために多くの犠牲を払っている。
 俺が見た屠の動画も、いかに人間が残酷なのかを、間接的に教えられた。
 人間のせいで、多くの動物達が殺されて、屠られている。
 じゃあ、人間は、生まれてこなきゃ良かったのか?
 だとしたら、人間がいなかった地球は、本当に地球だったのか?
 そんなことを頭の中でぐるぐると考えていた。
 でも、いつしかそれは結論に至っていた。
 


 世界を前にして、日本を代表とする選手でも、初めての海外旅行(?)には当然ウキウキするもので、俺たちはロシアの街の一つ、カザニで観光を楽しんでいた。色んなものを食べて___。色んなことをして___。
 だけど、そのカザニは今、人類が犯した罰を精算するように、業火の炎で燃え続けている。
 俺が倒れている人の生死を確認したところ、目の前の人は死んでいて、呼吸が止まっている。
 なんで、なんで。
 わけがわからず、俺の胃は逆流して、そのまま重力に逆らえず___中身が出てしまった。朝食を食べていないから、ほとんど出なかったけど、嫌な臭いが鼻についた。
 でも、吐いている暇なんてないし___なにより、自分達は日本代表。監督は、ここで助けなかったらイナズマジャパンの評価に影響が出るって言う。___やるしかないのだろう。俺たちは今、カザニの人たちが無事に避難できるよう、誘導活動を行っていた。
 でも、人は多いし、なによりパニックになっている人がいっぱいいる。それもそうだ。町全体が燃えているんだから。この大火事を見に来た野次馬たちも、今は燃えているに違いない。
 __正直に言うと、虹花のことが心配だった。
 あの子は、ここでしばらくライブをしていくって俺に言っていた。
 もしかしたら、どこかで生きているのかもしれない。そう信じたかった___でも、現実は残酷で、俺はたった一人の幼い少女の為に時間を使っている暇なんて__________なかった。
「…えっ」
 俺の表情は、固く、石みたいになっていたに違いない。
 だって、街が、こんなに燃えているんだから。でも__俺は炎の中に包まれている、黒い羽根を見て、その顔を動かした。
 一星か____?
 野坂か___?
 そう思考が頭を支配する。
 もしかしたら、野坂の言っていた理想郷が、この大火事と関係しているのなら?
 だとしても、やりすぎだ_____。いや、やってはならない。
 黒い羽根を頼りに、俺は一星か野坂かわからない人物を、ただただ追いかけていた。街の人を避難するという仕事すらも忘れて__。
「…明日人?」
 しかし、辿りついた先で見た、黒い羽根の正体は、一星でも野坂でもなかった。
 明日人だった。
 それに、片翼しかない黒い翼を生やして___。
「………」
 明日人は、何も言わない。
 服はイナズマジャパンのユニホームのままだったけど、炎の紅さと平和の青さに、平和の青は目立たない。
「…どういうこと、だよ」
 俺は、やっと声にすることが出来た。
「なんで、お前まで翼が___」
「_____これ? これは、反逆者(レジスタンス)の証だよ」
「えっ__」
 言っている意味がわからなかった。レジスタンス? 何を言っているんだ? それがこの大火事と、なんの関係があるんだ?
レジスタンス?」
「___貴利名」
 貴利名。
 久しぶりに聞いた、明日人の、俺を呼ぶときの声。
 昔、明日人は俺を呼ぶとき、貴利名って呼んでいた。
「サッカーはさ、本来楽しいものであるべきものなんだ。なのに、大人たちは、俺たちからそれを奪っていく。楽しいという気持ちを奪っていくんだ。だから、俺は、この世界を理想郷に変えるんだよ」
「____だからって、こんなことしていいわけないだろ!? 死人だって沢山出てるのに…」
 そうだ、死人だって、大量に出ている。
 もしかしたら、明日人は死刑になって、死んじゃうかもしれないのに。幼馴染みだけど、友達の明日人が、この世からいなくなるなんて、そんなの嫌だった。
「……死人? そんなのいないよ? ねぇ貴利名。俺は今より前に、あるものを食べたよ。何を食べたと思う?」
 突然の問題に、俺の頭に困惑の文字が浮かぶ。
「……………ご飯」
「残念! 正解はー?」
 明日人は、開いていた翼を閉じた。すると___そこには、骨だけとなった人の遺体。その死体には、赤いじゅうたんが敷かれている。
「これ、人」
「そう、人だよ?」
「お前…人を食べたのか!?」
 そんな、そんな。明日人が、人を食べた。信じられない。信じたくない。人を食べるのは、悪い事だ。なんで、なんでだ。
「……違うよ? これはただ、人間が僕たちの食料になっただけ。人間も、肉とか色んなものを食べるでしょ? だったら、人間も食べられないと、おかしいよね?」
 __もう、明日人に倫理観は通じないのだろう。
 目の前の彼は彼じゃない。本当の彼は、おそらく、目の前の化物に殺された。そうであってほしかった。
「__貴利名はさ、夢とかある?」
「夢__?」
「そう、夢。俺はそんなのなかった。大人たちに利用されて、操られていた。でも、今は違う。夢を持てたんだ。世界中に、楽しいサッカーを届けるんだって。それに、夢を持つって、こんなに嬉しいことなんだね。たとえ、人間に戻れなくなったとしても、いいんだ。俺は、俺はね、自由になれたんだよ。貴利名」