屠殺~Prison slave~

屠殺の小説を書きます

拾 天使の導き

 俺の精神は、もはやサッカーをまともに出来る程ではなくなってしまっていた。
 明日人のこと。
 オリオン財団のこと。
 虹花のこと。
 それらのことで、俺の頭の中はいっぱいだった。
「氷浦……」
 ベンチで死んだように皆を見ていたからだろうか。円堂さんが俺に話しかけてきた。
「なんですか、円堂さん」
「大丈夫なのか、気になって」
 すると、円堂さんは俺の隣に座る。そして、膝を抱えている俺の顔を覗き込んだ。
「なぁ、何があったんだ? 話してくれるか? 俺でよかったら、なんでもするよ」
 暖かい陽だまりのように、円堂さんは優しく俺の背中をさする。
 本当なら、その陽だまりに触れたかった。抱きしめて、慰めてほしいって言いたかった。
 だけど、もう俺は、円堂さんを信頼することなどできなかった。この人なら、きっとこの状況をなんとかしてくれるという希望なんてない。もう、こんなの、円堂さん一人で解決できる問題じゃないってわかっているからだ。
 そんなことを思うくらいなら、今だけ、子供みたいになりたかった。
 ただ自己主張すれば、その通りにしてくれる、そんな、子供になりたかった。
 でも、それと同時に、俺の中に怒りが湧いてきたんだ。
 円堂さんに、何が出来るんだ。
 オリオン財団にさえ、大事な仲間を、まるで家畜のように屠られたというのに。
 円堂さんがちゃんと彼らを見てくれたら、こんな風に彼らがモンスターになることなんてなかったはずだ。
 でも、そんなことで怒っても仕方ないってわかっている。円堂さんだってまだ子供だ。大人みたいに、何かをできるわけじゃない。
 でもだから、そんなふうに、何も出来ない子供みたいに演じて、そして、自分は皆のキャプテンだって傲慢に主張している貴方が、許せないんだ。
「……うるさい」
「氷浦?」
「うるさいって言っているんだよ!」
 俺の大声は、グラウンド中に響いた。皆が俺を見ている。そんなの関係ない。俺は、立ち上がった。
「なんだよ! オリオン財団から大切な仲間も守れないアンタが、俺に何が出来るんだよ! なんでもするって言っているけどな、じゃあアンタは人間としての心と尊厳を失った明日人たちを元に戻せるのかよ! オリオン財団の残虐な行為をなんとか出来るのかよ! 出来ないよな!! だってあんたは子供なんだから!」
 俺の目は、きっと怖いだろう。円堂さんが信じられないというように驚いている。
「貴利名、落ちついて」
 すると、折谷さんが俺を羽交い絞めにした。大人の力に、俺は抗えない。
 だけど。
「子供だからってなんでも許されると思うなよ!! なんでも従ってくれると思うなよ! そんな風にアンタら大人が外面だけ評価するから、明日人たちがあんな風になったんだよ! それに、世界中の尊厳と人権を失った子供達も救われないんだよ!!」
 今だけは、誰かのせいにしたかったんだ。
 これは、言い訳にならないかもしれない。それくらい、俺の心は壊れていたんだよ。
 それと同時に、俺は明日人たちのことが大好きだったんだよ。
 気づいてくれよ。
「そうだよな! 子供の心を屠って、自分と同じレベルに成長させて奴隷にするのが大人のやることだもんな!! アンタらこそがモンスターだよ! オリオン財団と同じレベルだよ! まぁそんなことを俺が言った所で、俺はポイって捨てられるんだろうけどな!!」
 もう、大人たちからしたら俺は、大人の言うことを聞かない悪い子なんだろうな。
 そんな子は、すぐに大人たちの手によってポイって捨てられるもんな。お払い箱行きだもんな。
 だから、この世界にはいい子ばっかりが生きていけるもんな。
 だけど、そんな悪い子が、世界ではいい子よりも得しているという事実は変わらない。大人の悪い子を、叱ってくれる人はいないんだから。

 

 

 

 結局、俺は監督たち大人に押さえつけられて、監督室に連行された。そして、趙監督から言い渡されたのが、五日間の自宅謹慎だということ。
 まぁ、あんなに暴れたらそうなるよな……。でも、これで証明された。
 この世にいるのはいい子だけで、悪い子はすぐに捨てられる存在なんだと。
 悪い子なら、人としての心を屠ってもいいんだって、大人たちも思うはずだ。
 でも、俺はこれでいい。あんないい子だらけのところに居たって、俺はきっと耐える事なんて出来ないだろう。
 そう、これでいいんだよ。
「きーちゃん、ご飯置いておくね」
 自宅謹慎日一日目。俺は布団から起きた。
 そして、部屋にはご飯が置かれている。俺はご飯を細々と食べた後、布団に戻った。そして、スマホでオリオン財団の情報を見る。オリオン財団は今日も、良い事業として範囲を拡大させている。このままだと、世界がオリオン財団に支配される日も少なくない。
 でも、俺にはもうどうでもいいことだった。
 このまま自宅謹慎が解消されても、俺はイナズマジャパンに戻る気はない。オリオン財団と戦う必要もない。
 だから、俺はさっき起きたばかりだが、もう一度寝ることにした。寝たら、全て忘れられるから。

 

 

「貴利名、起きて」
 誰かに起こされた。ゆさゆさと、俺の体をゆする振動で、俺は目を覚ます。ばーちゃんか? と思って、俺は目を開ける。するとそこには、明日人たち四人が俺の部屋に居た。
「……明日人?」
「うん、君を迎えにきたんだよ」
「迎えに?」
 意味がわからなかった。もう自宅謹慎が解消されたのか?
 いや、そんな簡単に五日間が経つわけでもないだろうし、何より明日人たちが趙監督の言うことに従うとも思えなかった。
「そう、君をレジスタンスに」