屠殺~Prison slave~

屠殺の小説を書きます

弐 アンノウン・ソング

 ララララララ…
 あぁ、またこの歌だ…朝からずっと響いている。実は昨日、こっそり夜更かしして、動画サイトでおすすめされたアルバムを聞いていた。後で調べてわかったことだけど、そのアルバムは『恐怖』をテーマとしていて、色んな恐怖の形が歌にして表されているものだった。恐怖に怯える歌、恐怖に打ち勝つ歌、恐怖を受け入れる歌、と色んな恐怖があった。だけど、その中で一段と恐怖という名の『狂気』を感じた曲があった。そして今日頭の中で響くのは、そのアルバムの、前述した最後の曲だ。
 正直、変な感覚で聞いていた。まるで、好きなものを何度も食べて幸せな感覚のような。もしくは中毒性のある薬のような感覚で、聞いていた。だけど、その歌の内容は、一人の男の子が狂い始めて、次々にみんなみんな狂って、最後には狂った人達で大団円___というものだった。文字だけ聞くと嫌な終わり方なのに、なぜか脳に達成感が湧いていた。歌の魅力なのだろうか、夜の間ずっと聞いていた。
 それが今、というわけだ。頭が完全にあの曲のことを覚えていて、いつまでも頭の中で鳴り響いている。こういうのを、なんて言うんだっけ。野坂が何か言っていたような気がするけど、思い出せない。まぁ、今はスペイン戦も終わって次の試合に向けて集中すべき時だからな…。
 今、俺は昼食後の休憩時間に入っている。本を読んだり、好きなことをしたり、色んなことができる。まぁ、オフの日にしか外には出かけられないから、出来ないこともあるけどな。
「氷浦、入ってきていい?」
「あ、明日人か。いいぞ」
 俺がイナズマジャパンに入ってから読んでいた探偵小説を黙読していると、明日人が俺の部屋に三回ノックをして、入っていいかの許可をする。ちょうど章の区切りもついているし、ここのところ明日人と話をしていなかったから、久しぶりに会話ができるということで嬉しかった。そのため、俺は明日人を部屋に入れる。
「実は伊那国島から差し入れが届いてさ。氷浦にも分けてあげようと思ったんだ」
 明日人は右手に大量のレジ袋を持っており、万作や剛陣先輩、岩戸の分もありそうだ。
 この宿所に送られてくる差し入れは、折谷さんが念入りに検査して、通されているって聞いたことがある。伊那国島の人たちは変な物なんて入れないと思うから、安心だ。
「そうなのか、ばあちゃんからの野菜届いているかな」
「そうじゃないかな?」
 と、明日人は俺のために分けられたであろう袋を俺に渡した。
「お、芋けんぴだ!」
 やった、芋けんぴだ! 袋の中からそれを見つけると、俺は早速芋けんぴの袋を開けて、一本を食べる。味が染みてて、美味しい。
「明日人も食べるか?」
「うん!」
 俺は明日人に、一本だけ芋けんぴを渡す。それにしても、この芋けんぴは塩の味と芋の味がしみて美味しい。
「あはは、美味しいな」
「だろ?」
 そんな話をしている中、俺は明日人の持っている小瓶に目をやる。
「…なぁ明日人、それなんだ?」
 それはダイヤの形を作った、蓋がチェスのキングの頭になっている、小瓶だった。
「あ、これ?」
「お前、こんなの持ってたか?」
 あまりそういうことは聞くべきじゃないことはわかってる。だけど、知りたかった。
「実は、故郷の伊那国島から送られてきたものなんだよ。結構美味しいよ?」
 見たところ、液体の色は透明で、まるで宝石のような美しさだ。美味しい…か、明日人がいうなら、間違いないのだろう。
「じゃあ、一つ飲んでいいか?」
「うん! いっぱいあるからな!」
 と、明日人は俺に小瓶を渡す。それを手に取ると、いかにも不思議な形をしていて、なんだか宝石を触っている気分になる。蓋を開けて、俺は飲み込む。だがその時、ありえもしない苦さが俺に襲ってきた。
「…にっが!! お前こんなの飲んでるのか!?」
 いや、本当に疑問だ。俺が呼んでいる小説の内容以上に疑問だ。なんでこんな『薬』みたいなものを平然として飲んでいられるんだ。おかしいだろ。口直しに水を飲み干している中、明日人は言う。
「そうかな…美味しいとは思うけど…」
「俺には飲めそうにない」
 多分、剛陣先輩も、岩戸も、万作も飲めない。こんなの苦すぎる。何かの罰ゲームか? これでロシアンルーレットでもする気なのか!?
「…まぁとにかく、これでロシアンルーレットをする気ならやめといた方が…」
 明日人はこれでロシアンルーレットをするかもしれないと思った為、俺は忠告しようとしたそのときだった。扉が、ガンガンと叩かれたのだ。まるで、何かに追われているかのように。
「大変です! 助けてください!」
 その声は大谷か!? まるで何かに追われているようだな!? まさか、ゾンビ? いや、ゾンビはない。殺人鬼? いや、そんなドラマ染みたことは起きないだろう。そんな思考が頭の中で過ぎる。
「どうしたの!?」
「明日人くん…大変なんです!」
 明日人が扉を開ける。すると、大谷は明日人に抱きついてきた。明日人は驚いているようで、何がなんだかわからないらしい。俺からは見えないが、呼吸の速さの時点で、やばいということは確かだろう。大谷が青ざめているのを感じ取る。
「何が大変なんだ?」
 一応大谷に問い詰めてみる。何か事件でもあったら、この俺が解決するつもりだ。これでも俺のばあちゃんは昔探偵をやっていたからな。
「…ここでは説明できません。とにかく来てください」
 ここでは説明できない? どういうことだ? ゾンビと殺人鬼以上の問題なのか? …よくよく考えたらその二つはないだろう。いくらなんでも。もしかしたら、チームメイトの誰かが誘拐されたとかか!? 明日人と一星のこともあったし、それもあるか…。俺達は大谷に連れられて、宿所のフィールドに近づこうとしている。近づいていくたびに、何か叫んでいる声が聞こえる。その声は、とても聞き覚えのある声で、俺は着く前に青ざめた。
 だって、何かが起きそうな感じがするから
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!
 来てみると、案の定、灰崎だった。俺はその場から動けなかった。なぜなら、俺の知っている灰崎は、あんなに顔を真っ青にして、声を引きつらせてヒステリックにならなかったはずだ。いつも冷静沈着(とは言いがたいが)で、芯のあるまっすぐな心があったはずなのに、今では折谷さんに取り押さえられている。
「凌兵、おちつ…」
 折谷さんが灰崎の左腕を掴んだのが間違いだった。すぐに灰崎の右ストレートが折谷さんの顔に決まったからだ。灰崎には、一体何が見えているんだ?
「うぐっ…」
「折谷さん、大丈夫ですか!?」
 すぐに神門がやってきて、折谷の看護をする。その間も、灰崎は頭を抱えて唸っていた。
 その直後だった。
 灰崎が突然走ったのだ。
「灰崎!?」
 明日人がすぐに追いかけたのを見て、俺もやっと足が動いて、灰崎を追いかけることにした。灰崎の部屋のドアは開いていて、そこに灰崎は居るのだろうかと俺は察する。しかし___。
「…明日人、お前なんでここにいるんだよ」
「えっ、だってお前あんなに暴れてたはずじゃ」
「はぁ? 俺がそんな簡単に暴れるわけねぇだろ、恥ずかしい」
 灰崎は部屋から出て、明日人と何気ない会話をしていた。明日人も困っていたが、俺には何がなんだかわからなくて、冷や汗をかいていた。
「あ? 氷浦かよ。どけ」
 灰崎は何事も無かったかのように、俺をどついて廊下を歩いた。
 …一体、なんだったんだ? 俺の見間違いか? いや、見間違いな筈がない。俺は灰崎のいたフィールドに立っている。そこには、灰崎が自分で引っ張ったであろう灰色の髪が落ちていた。やっぱり、見間違いじゃない。でも、確証はない。あれは、一体なんだったんだ?