屠殺~Prison slave~

屠殺の小説を書きます

肆 ディケイド・ザ・チケット

『これで四人を連れて、またライブに来てね』
 そのメモと共に、五人分のチケットが俺の手元にある。どうして、これを俺に渡したのかは分からない。だけど、本人からは行って欲しいと言われている。俺は一応チケットからライブの内容を見てみると、明後日はメドレー形式でのライブらしい。
 天海虹花。芸名(?)ディケイド。あの子は、なんで俺にだけを話しかけたんだろう。たまたまそこにいたから。が理由かもしれないけど、観客席に居た人達は沢山いたし、それなら別の人を選んでもおかしくはないだろう。それなのに、なぜ? 近い歳の差だったから、親しみやすかったとか? それは、分からない。
「ただいまー」
 ロビーを通り抜けて、俺は部屋へと戻る。ベッドの上で、俺はメモを改めて確認した。そこには、おそらく本人であろうメッセージアプリのIDが書かれていた。そんな簡単に個人情報を流してもいいのか…? とりあえず、登録してみよう。すると、早速虹花からメッセージがあった。
『登録してくれたの? ありがとう!』
 本人は俺が登録してくれたことを喜んでいるみたいだけど…
『そんなかんたんに個人情報を流してもいいの?』
『いいよ? だって、『貴利名だからいいんだもん』』
 どういう意味なんだ? 俺だからいいって、そんな恋人みたいな…そして、なんで俺の事をさも知っているかのように話しているんだ?
『いや、俺と虹花とは他人だろ?』
『うん。他人だね』
 そこは言うんだ! と、俺は思わずツッコミたくなった。
『でも、私は貴利名に会えて嬉しいよ? 貴利名がライブに来てくれるなんて♪』
『それは、俺が日本代表だからということか?』
『違うよ? あ、タイラントが呼んでる。じゃあね♪また連絡しようね』
 結局詳しいことは分からないまま、会話はそこで終わってしまった。
『追記 あ、絶対にあの四人をライブに行かせてね?』
『わかってるよ。行けたらだけど』

 

 後で剛陣先輩に聞いたことだけど、散滅射のチケットを手に入れることは、その人生の運を全て使い切る程のことらしく、俺はこのチケットの凄さを改めて理解した。でも、虹花(ディケイド)から貰ったって言っても信じてもらえなさそうだな…。
 早速俺は、明日人に話しかけて、あとの三人を呼んで食堂に来るように言っておいた。そろそろ来るとは思うけど。
「ごめん、待った?」
「いや、全然」
 食堂の出入口から、四人がやってきた。虹花は明日人たちのことを、あの四人と言っている。なんでだろうか。普通に呼べばいいのに。
「みんな、突然ごめんな」
「いいよ、俺も暇だったし」
 気軽に話しやすいようにと思って、俺は食堂で話を進める。明日人は元気そうだし、灰崎も『今回』は暴れてない。野坂も、一星も元気そうだ。
「で、なんだよ氷浦」
 灰崎は早く本題に進めて欲しいような顔をしていた。四人が散滅射を知っているかは知らないけど、とりあえず虹花が言ったことが知りたい。近々わかるって…なんだよ?
「実は、俺たちに明後日のライブのチケットがあるんだ。明後日もオフだろ? だからここにいる皆で行きたいなってさ」
「ライブ!? 本当!?」
 すると、明日人は目を輝かせて、俺に迫ってくる。そんなにライブが楽しみだったのか。まぁ、俺もあそこに行くまでは始めてだったし、今度はペンライトを持って行こう。あの子も喜ぶかな。
「誰かな? そのライブを行う人達は」
「散滅射っていうんだけ……」
「待って、それって本当ですか?」
 すると、一星が会話を遮って、本当かどうかを言っている。そんなに怯えてまで話すことか? と俺は思ったが…
「え…本当だけど、散滅射、知らないのか?」
「知ってるよ!」
 すると明日人が大声で言ってきた。それも、元気そうなものではなく、怒っているかのような声色で。
「そいつらは、俺たちを苦しめてくるんだ!」
「待って、どういう」
「もうやめてくれないかな…氷浦くん。その名前を聞くだけでもう嫌なんだ」
「やめてくれよ、氷浦」
「お願いします…」
 すると、四人の顔が青ざめていく。俺は、何が何だかわからなくて、戸惑っていた。
「わ、わかった。この話はおしまいに」
「わかったなら、もうその名前を口にしないで!」
 そう明日人が言うと、四人はバラバラに散っていった。お、俺何か変なこと言ったか? 訳が分からないまま、俺は立ち尽くしていた。
「どうしたんだ、みんな…」
「どうしたの?」
「何かあったんですか?」
 すると、大谷と神門が困ったそうにどうしたのかと聞いてきた。多分、明日人の大声を聞いて、驚いたのだろう。二人は、夕食の準備をしていたから。
「実は…このチケットを渡そうとしたんだけど」
「それって、散滅射じゃないですか! どうやって!?」
 チケットを見せると、大谷は飛び上がり、神門は少し体が跳ねた。剛陣先輩の言った通り、それほど凄いことなのだろう。
「えっと、今日散滅射のローカルライブに行ってきて、そこでボーカルのディケイドって人に貰ったんだ」
 一応、本名は言わないでおこうかな。
「本当ですか!? すごい!」
「俺と明日人、灰崎と野坂と一星で、明後日のライブに来て欲しいって言われたんだけど、何だか四人、散滅射の名前すら聞きたくないって…」
「なんででしょうか…」
「何か知らないか?」
「いえ、私からは何も…」
「私も…」
 そうか…二人とも知らないんだな…まぁ、明日人と灰崎はともかく、野坂と一星は違うところから来たんだもんな。仕方ないか。
「そうか…何か知ってたら教えてくれないか? 俺、知りたいんだ」
「わかりました! 何か知ったら、教えますね!」
 そう言うと、二人は厨房に戻って行った。とりあえず、虹花にチケットを渡せなかったのひと言だけ伝えようかと思ってスマホを持ったその時、後ろから声をかけられた。
「散滅射、懐かしいね」
「あ、折谷さん…」
 びっくりした、折谷さんか。驚かさないでほしい。
「それで、貴利名は四人と一緒にライブに行こうと話したわけだね」
「はい、聞いてたんですね」
「うん、ごめんね」
「いえ…」
 俺が大丈夫だと言おうとすると、折谷さんはいきなり真剣そうな表情で俺に言ってきた。
「僕が言うには、そのライブ、いや、散滅射の曲というか散滅射のボーカルの歌声は、あの四人にきかせた方がいい」
「どうしてですか?」
「それは僕からは言えないよ。ただ、そうした方がいい」
 なんですかそれ、なんですか!? それを知りたかったが、折谷はそそくさと食堂から逃げていってしまった。
「…なんなんだ? とりあえず、虹花に連絡しとこう」
 スマホのメッセージアプリを開いて、俺は虹花に事の発端を説明する。
『そっか、渡せなかったんだね…』
『うん、ごめんな』
『大丈夫。まだチャンスはあるから』
『それより虹花、散滅射って、主に何をしているんだ?』
 俺は虹花に、散滅射は何をしているのかという質問をする。音楽活動をしている。としか返ってこないかと思っていると、思わぬ返答が返ってきた。
『皆に曲を聞かせたり、外に行けない子供たちのために歌を歌ったり、あと、精神的に辛い目にあっている人のために歌うよ』
『え、そうなのか?』
『うん。ボランティアっていうのかな』
『凄いんだな、散滅射は』
『この情報は、私と貴利名だけの秘密。ね?』
『わかった』
 ボランティアをしているなら、なおさら素敵な事だと思うんだが、なんでそれを世間に公表しないのかがよくわからなかった。余程重要なことなのか? 俺には、そうは思えないが…