屠殺~Prison slave~

屠殺の小説を書きます

伍 激情のレクイエム

 進路、どうしようかな…折谷さんは、自由にしていいって言っていたけど、どうしたものか…
 俺は、今日の朝に行われた進路希望調査で、どの高校に行くか、どの職業につくかを話された。
「俺の家系は医者だから、親は医者になれって言われるんだろうなぁ…」
 俺の親は、伊那国島で唯一の病院の医者と、看護師をやっている。でも、俺は勉強そこまで好きじゃないし、今はサッカーをしていたい。ばあちゃんも、無理に医者にならなくていいって言ってるし。
 進路希望調査のあとは練習で、俺は進路のことで集中できないでいた。まだ二年生だから考えなくてもいいぜと剛陣先輩は言うけど、俺は心配だ。今も、これからも。
「氷浦、あの時はごめん。いきなり取り乱しちゃって」
 休憩をしていると、明日人が俺に話しかけてきた。昨日、取り乱したことで謝ってきた。俺は別に構わなかった。明日人が行きたくないというのなら、俺は無理強いなどしない。虹花には悪いけど。
「ううん、いいんだ」
「実は俺、散滅射が苦手なんだよ。なんというか、過去に散滅射で色んなことがあって」
「それって、どういうことだ?」
 散滅射にトラウマってことなのか? 曲が怖いとかか? だけど俺は、散滅射になぜ明日人がトラウマになるかが分からなかった。散滅射は、普通にいい音楽グループだとは思うのだが。
「……なんというか、俺に問いかけてくるんだ。洗脳みたいに」
「そんな、散滅射はそんな」
「氷浦は、あの音楽がおかしいとは思わないの?」
 おかしい。別に俺はそんなこと思わなかった。確かに何かを問いかけてくる感じはあったけど、それ以上のことはなかった。
「散滅射は、狂っているんだよ。音楽を楽しんでいるフリして、人の心を弄んでいるんだよ」
「そんな、確かに実話を元にしているところはあるけど、俺は思ったんだ。散滅射は、そんな人の心を弄ぶような奴らじゃない」
「じゃあ、氷浦はあの人たちに狂わされているんだよ!」
「そんなことはない!」
 俺は、狂ってなんかない。散滅射の曲は、普通にいいものばかりだったし、そんな人の心を持ってして、楽しむような奴らじゃなかった。現に、虹花はそうだ。本当にサッカーを楽しむのと同じように、音楽を楽しんでいる。
「とにかく、これを聞いてよ」
 俺はスマホを差し出し、ダウンロードしていた曲を明日人に流す。
「氷浦…なんてもの流しているんだよ! 嫌だ! 俺はそんな歌聞きたくない!」
「俺は狂ってなんかない! それを、この歌が証明してくれるはずだ!」
 明日人は耳を塞いで、歌を聞かないようにしている。何が明日人の言う狂っているの定義なのかは分からない。だけど、俺は狂ってなんか無いはずだ。
「やめて、やめて、やめてよ!」
 明日人は俺に手を出してきた。俺は思わずそれを避けたが、代わりにスマホを落としてしまった。
「お願い、もうやめて! 俺に問いかけてこないでよ! 俺は何も悪いことなんかしてない!」
 俺は錯乱する明日人を見て、音楽を止める。しかし、明日人は混乱するばかりで、落ち着く様子が見られない。それに、俺は呆然としていた。
「明日人、なにしているんだ!」
「落ち着け!」
 するとそこに、円堂さんと剛陣先輩がやってきて、明日人の腕を掴む。だけど、明日人はその掴む手を振りほどこうとさらに暴れる。
「明日人、落ち着くんだ!」
 さらに折谷さんまでやってきて、状況は混乱していった。するべきではないことはわかってる。でも、俺も何かしようと、明日人の部屋に駆け込んだ。確かここに、明日人が飲んでいた飲み物があったはず…。悪いながらも、俺は机の引き出しを空け、その中から一本取り出した。そう、俺が苦いと言ったあの飲み物だ。
「明日人!」
 それを持って、俺は急いで明日人の元に行く。しかし、そこに明日人はいなかった。
「あれ、明日人…?」
「稲森くんなら、今頃医務室でゴスよ…」
「ゴーレム…明日人なら大丈夫だ。きっと」
 ゴーレム、岩戸高志は心配そうにしている。それを見て、俺は岩戸を安心させる。
「じゃあ、俺は医務室に」
 岩戸から明日人の居場所を聞いて、俺は医務室に向かう。
「明日人!」
「あ、貴利名。明日人は大丈夫だよ」
 折谷の隣で、明日人は医務室のベッドで眠っており、俺は安心する。
「そうですか…」
「ところで貴利名。それは?」
「あ、これは明日人がいつも飲んでいた飲み物で」
「いつも?」
 あれ、折谷さんの雰囲気が変わったような…俺なんか変なこと言ったか…?
「いいかい貴利名。もし明日人がそれを飲んでいたら、ひとつ釘を指しておいてね。健康面も大事だからね」
「あ、はい…」
「それは僕が預かっておくよ」
 折谷さんに言われた通りに、俺は飲み物を渡し、グラウンドに戻った。落ちていたスマホを拾うと、ひとつ通知が入っていた。虹花からのメッセージだ。今大丈夫? という文字の下には、猫のイラストが書かれたスタンプがあった。猫好きなのかな。
『虹花、今いいか?』
 スタンプに返信してみる。だけど、返信も来ないし既読もつかない。忙しいのだろう。