屠殺~Prison slave~

屠殺の小説を書きます

肆 ディケイド・ザ・チケット

『これで四人を連れて、またライブに来てね』
 そのメモと共に、五人分のチケットが俺の手元にある。どうして、これを俺に渡したのかは分からない。だけど、本人からは行って欲しいと言われている。俺は一応チケットからライブの内容を見てみると、明後日はメドレー形式でのライブらしい。
 天海虹花。芸名(?)ディケイド。あの子は、なんで俺にだけを話しかけたんだろう。たまたまそこにいたから。が理由かもしれないけど、観客席に居た人達は沢山いたし、それなら別の人を選んでもおかしくはないだろう。それなのに、なぜ? 近い歳の差だったから、親しみやすかったとか? それは、分からない。
「ただいまー」
 ロビーを通り抜けて、俺は部屋へと戻る。ベッドの上で、俺はメモを改めて確認した。そこには、おそらく本人であろうメッセージアプリのIDが書かれていた。そんな簡単に個人情報を流してもいいのか…? とりあえず、登録してみよう。すると、早速虹花からメッセージがあった。
『登録してくれたの? ありがとう!』
 本人は俺が登録してくれたことを喜んでいるみたいだけど…
『そんなかんたんに個人情報を流してもいいの?』
『いいよ? だって、『貴利名だからいいんだもん』』
 どういう意味なんだ? 俺だからいいって、そんな恋人みたいな…そして、なんで俺の事をさも知っているかのように話しているんだ?
『いや、俺と虹花とは他人だろ?』
『うん。他人だね』
 そこは言うんだ! と、俺は思わずツッコミたくなった。
『でも、私は貴利名に会えて嬉しいよ? 貴利名がライブに来てくれるなんて♪』
『それは、俺が日本代表だからということか?』
『違うよ? あ、タイラントが呼んでる。じゃあね♪また連絡しようね』
 結局詳しいことは分からないまま、会話はそこで終わってしまった。
『追記 あ、絶対にあの四人をライブに行かせてね?』
『わかってるよ。行けたらだけど』

 

 後で剛陣先輩に聞いたことだけど、散滅射のチケットを手に入れることは、その人生の運を全て使い切る程のことらしく、俺はこのチケットの凄さを改めて理解した。でも、虹花(ディケイド)から貰ったって言っても信じてもらえなさそうだな…。
 早速俺は、明日人に話しかけて、あとの三人を呼んで食堂に来るように言っておいた。そろそろ来るとは思うけど。
「ごめん、待った?」
「いや、全然」
 食堂の出入口から、四人がやってきた。虹花は明日人たちのことを、あの四人と言っている。なんでだろうか。普通に呼べばいいのに。
「みんな、突然ごめんな」
「いいよ、俺も暇だったし」
 気軽に話しやすいようにと思って、俺は食堂で話を進める。明日人は元気そうだし、灰崎も『今回』は暴れてない。野坂も、一星も元気そうだ。
「で、なんだよ氷浦」
 灰崎は早く本題に進めて欲しいような顔をしていた。四人が散滅射を知っているかは知らないけど、とりあえず虹花が言ったことが知りたい。近々わかるって…なんだよ?
「実は、俺たちに明後日のライブのチケットがあるんだ。明後日もオフだろ? だからここにいる皆で行きたいなってさ」
「ライブ!? 本当!?」
 すると、明日人は目を輝かせて、俺に迫ってくる。そんなにライブが楽しみだったのか。まぁ、俺もあそこに行くまでは始めてだったし、今度はペンライトを持って行こう。あの子も喜ぶかな。
「誰かな? そのライブを行う人達は」
「散滅射っていうんだけ……」
「待って、それって本当ですか?」
 すると、一星が会話を遮って、本当かどうかを言っている。そんなに怯えてまで話すことか? と俺は思ったが…
「え…本当だけど、散滅射、知らないのか?」
「知ってるよ!」
 すると明日人が大声で言ってきた。それも、元気そうなものではなく、怒っているかのような声色で。
「そいつらは、俺たちを苦しめてくるんだ!」
「待って、どういう」
「もうやめてくれないかな…氷浦くん。その名前を聞くだけでもう嫌なんだ」
「やめてくれよ、氷浦」
「お願いします…」
 すると、四人の顔が青ざめていく。俺は、何が何だかわからなくて、戸惑っていた。
「わ、わかった。この話はおしまいに」
「わかったなら、もうその名前を口にしないで!」
 そう明日人が言うと、四人はバラバラに散っていった。お、俺何か変なこと言ったか? 訳が分からないまま、俺は立ち尽くしていた。
「どうしたんだ、みんな…」
「どうしたの?」
「何かあったんですか?」
 すると、大谷と神門が困ったそうにどうしたのかと聞いてきた。多分、明日人の大声を聞いて、驚いたのだろう。二人は、夕食の準備をしていたから。
「実は…このチケットを渡そうとしたんだけど」
「それって、散滅射じゃないですか! どうやって!?」
 チケットを見せると、大谷は飛び上がり、神門は少し体が跳ねた。剛陣先輩の言った通り、それほど凄いことなのだろう。
「えっと、今日散滅射のローカルライブに行ってきて、そこでボーカルのディケイドって人に貰ったんだ」
 一応、本名は言わないでおこうかな。
「本当ですか!? すごい!」
「俺と明日人、灰崎と野坂と一星で、明後日のライブに来て欲しいって言われたんだけど、何だか四人、散滅射の名前すら聞きたくないって…」
「なんででしょうか…」
「何か知らないか?」
「いえ、私からは何も…」
「私も…」
 そうか…二人とも知らないんだな…まぁ、明日人と灰崎はともかく、野坂と一星は違うところから来たんだもんな。仕方ないか。
「そうか…何か知ってたら教えてくれないか? 俺、知りたいんだ」
「わかりました! 何か知ったら、教えますね!」
 そう言うと、二人は厨房に戻って行った。とりあえず、虹花にチケットを渡せなかったのひと言だけ伝えようかと思ってスマホを持ったその時、後ろから声をかけられた。
「散滅射、懐かしいね」
「あ、折谷さん…」
 びっくりした、折谷さんか。驚かさないでほしい。
「それで、貴利名は四人と一緒にライブに行こうと話したわけだね」
「はい、聞いてたんですね」
「うん、ごめんね」
「いえ…」
 俺が大丈夫だと言おうとすると、折谷さんはいきなり真剣そうな表情で俺に言ってきた。
「僕が言うには、そのライブ、いや、散滅射の曲というか散滅射のボーカルの歌声は、あの四人にきかせた方がいい」
「どうしてですか?」
「それは僕からは言えないよ。ただ、そうした方がいい」
 なんですかそれ、なんですか!? それを知りたかったが、折谷はそそくさと食堂から逃げていってしまった。
「…なんなんだ? とりあえず、虹花に連絡しとこう」
 スマホのメッセージアプリを開いて、俺は虹花に事の発端を説明する。
『そっか、渡せなかったんだね…』
『うん、ごめんな』
『大丈夫。まだチャンスはあるから』
『それより虹花、散滅射って、主に何をしているんだ?』
 俺は虹花に、散滅射は何をしているのかという質問をする。音楽活動をしている。としか返ってこないかと思っていると、思わぬ返答が返ってきた。
『皆に曲を聞かせたり、外に行けない子供たちのために歌を歌ったり、あと、精神的に辛い目にあっている人のために歌うよ』
『え、そうなのか?』
『うん。ボランティアっていうのかな』
『凄いんだな、散滅射は』
『この情報は、私と貴利名だけの秘密。ね?』
『わかった』
 ボランティアをしているなら、なおさら素敵な事だと思うんだが、なんでそれを世間に公表しないのかがよくわからなかった。余程重要なことなのか? 俺には、そうは思えないが…

参 散滅射

散滅射フィクサーラストワード)…懐かしいねぇ』
「散滅射って?」
 俺は午前二時にばあちゃんとテレビ電話をしていた。だって、時差的にこっちでは午前二時だけど、日本では午前八時だからさ。俺はばあちゃんに、色んなことを話した。世界に行ったこと、練習は辛いけど楽しいこと、ロシアでの名所とか、いっぱい話した。すると、ばあちゃんは散滅射っていう言葉を言ってきたんだ。なんだ? それは。
『私が若い頃からやっているバンドの名称だよ。確か、実話を元にした曲を作るっているのがポリシーでね。私がまだ若かった頃は、戦争の曲とかいっぱい歌っていたもんだ』
 戦争、第二次世界大戦の事なのかな。確か、ばあちゃんが生まれた時は、贅沢ができない戦時中で、辛かったことがいっぱいあったそうだ。ばあちゃん、辛い戦争のことを思い出されて、辛かっただろうに。
『でもね、きーちゃんが心配しているようなことはなかったさ。散滅射の歌を聞いていると、なぜだか心が清々しくなれるんだよ。逆に、元気になったよ。なんだか、諦めるなって言われてるみたいでね』
 そうなんだ…凄いな。歌の力は。
『そうだ、ちょうど散滅射の曲持ってるから、きーちゃんに聞かせてあげるよ』
「ううん、散滅射のことはばあちゃんから知ったし、今じゃそういうのネットで調べられるからさ」
『今は凄いねぇ。昔はそんなのなかったさ』
「うん、おやすみ。ばあちゃん」
『おやすみはそっちだよ。じゃあまたね』
 ばあちゃんにツッコまれながらテレビ電話を切ると、俺はすぐに散滅射のことを調べた。散滅射。検索。するとそこに出てきたのは、今まで散滅射が出してきたであろうアルバムの画像が並んで、そして公式サイトが出てきた。ばあちゃんの言っていた散滅射のメンバーはよく知らないけど、今のメンバーは日本の大学生らしい男性四人と、ボーカルの女の子になっていた。特に女の子はかなり人気で、可愛らしい声はもちろん、大人な声も男性の声もできるようだった。
 ……どうやら、ここの近くでローカルライブが開かれるみたいだ。少し聞いてこようかな。
 理由もないけど、明日はオフだ。早めに寝て、明日のライブに備えよう。



 翌日、俺はそのローカルライブに来ていた。宿所は今、円堂さんたち三年生の進路希望調査が行われていて、俺たちのような一年二年はオフになっていた。それに合わせるように、なぜか今日にライブをすることが決められていた。
 俺はその質素な観客席の一番前に座らせてもらっていた。日本代表のイナズマジャパンだからなのかは知らないけど…。
『みなさんこんにちはー! 散滅射のボーカル、ディケイドです!』
 すると、ジャジャーンという音と共に、女の子がやってきた。女の子は金髪の長い髪で、白と黒のドレスを身にまとっていた。その後に、男性四人がやってきた。
『ケイオスだよ!』
『フューリーだ』
タイラントだよ。よろしくね』
『ネメシスです!』
 後から来た男性四人は、それぞれ芸名なのか偽名を名乗っていた。その間、俺はあの四人をまるで、俺の知っている四人のような雰囲気を出していることに驚きを見せていた。
『今回は、このFFIが開催される、ロシアでのライブとなります! 皆さん、楽しんでいってくださいね!』
 それぞれがギター、ベース、ドラム、キーボードの準備をしている中、女の子はマイクを片手に持って、挨拶をしていた。
「それでは聞いて下さい。『アビス・レヴェナント』」
 女の子は、曲の題名を言って、ドラムの合図のあとに歌い出す。俺の頭の中で流れるあの曲では無かったにしろ、この曲は聞いたことがあった。とある亡霊が、桜の木の下に眠るというストーリーの歌。
『その中に、僕はいるの? 君の中に僕はいますか?』
 女の子は歌う。綺麗なドレスを着て、踊る。その声に、俺は魅了されていった。何も考えられなかった。これからのこととか、明日人たちのこととか、イナズマジャパンの今後のこととか。
 そして、順調にライブは進んで行った。とある巫女の話とか、二人の恋物語とか、心のない姉妹とかの、どこかで聞いたことがあるような歌を歌って行った。やっぱり、ばあちゃんの言っていたとおり、実話を元にしているんだ。
「ありがとうございました!」
『Ангкор! Ангкор!』
 いつの間にかライブは終わっていて、観客は、アンコール、アンコールと言いたそうに、声を上げている。さっきの曲たちだけでも、満足したと俺は思うのに、なぜだろうか。もちろん、散滅射が好きだからというのもあるだろうが、俺にとっては散滅射より、その『歌』に耳が支配されていた。
『アンコール、ということですね。では、最後の曲です! チェックメイトのファイブクレージー
 すると、観客たちは歓声を上げ、ペンライトを振る。
 あの曲だ! と、俺は思わず立ち上がった。既に他の観客は盛り上がりすぎて立ち上がっていたため、あまり目立たなかった。そう、あの曲が、歌われるのだ。
『らららららら~』
 前奏のららら。
『これから毎日が楽しくなるー』
 楽しそうな歌詞。
『ごめんね、僕らはもう』
 途中から、登場人物が狂っていく歌詞になっていく。
 そう、俺が聞いたのはあの曲だ。
 怖いけど、美しく。
 美しいけど、狂っている。
 それが、あの女の子から溢れていた。



 ライブは順調に終わり、スタッフが後片付けに入っていた。その頃、向こうでは五人の握手会がとりおこなわれていた。握手と同時に、聞き込みもしているらしい。実話を元にしているんだから、当然だし、かなり時間がかかるのも知っている。でも、俺は握手とか、実話を話すために来たんじゃない。散滅射のことを知りたかっためだ。俺も帰ろうとすると、声をかけられた。
「ねね、君って氷浦貴利名だよね」
 振り向くと、そこには歌を歌っていた女の子が居た。他の大学生たちはどうしたのだろうか。もしかして、勝手に抜け出してきたのだろうか。
「え、そうだけど…君は?」
 散滅射のことはしっていたけど、それぞれの名前とかは知らなかった。
「私はディケイド! なんてね、ほんとの名前は天海虹花! ディケイドはライブの中での名前!」
「そうなんだ…」
「四人はね、まだ握手とか、プレゼントを貰うのには早いって私には先に帰るようにって言われてるんだ。でも、私だって聞き込みもしたいし、握手もしたい」
「そこで、俺が適任だと思ったわけか」
「そそ!」
 すると女の子、いや虹花は、強引に俺と握手をした。
「よし、握手も終わったし、聞き込みさせて!」
「え? 俺そんなにいい話持ってきてないけど」
「いいの! 私だってチームに貢献したいの!」
 虹花は、あの時ライブで見せた可愛らしい雰囲気とは打って変わって、強引な女の子だった。でも、俺そんなに面白い話は持ってきてないぞ? ……まぁ、日本代表としてサッカーをしている。みたいな話でいいか。
「…じゃあ、俺は日本代表で」
「あー違う違う。あの四人のことを聞きたいの」
「えっ」
 なんと、虹花は、俺から聞き込みをしたいわけじゃなかった。いや別に、ショックだったわけじゃないけど、ちょっと驚いた。
「あの四人って…」
「ほら、つんつん頭と、灰色ロン毛で、皇帝様で、流れ星の子から話を聞きたいの!」
「…もしかして、明日人と灰崎、野坂と一星のことか?」
「そそ!」
 さも知っているかのように、虹花は笑う。
 あの四人。知っていたなら、なんで名前を呼ばなかったんだ?
「…そうだな。明日人はあぁ見えて結構…」
 俺は、虹花に四人のことを話した。虹花曰く、あの四人は見所があるらしい。どんな見所があるんだ? それを聞こうとしたら、それは近々わかると言われた。
 なんか怪しいな…
 不安な気持ちを残しながら、俺は宿所に帰った。虹花から貰った、散滅射のチケットを手にしながら。

弐 アンノウン・ソング

 ララララララ…
 あぁ、またこの歌だ…朝からずっと響いている。実は昨日、こっそり夜更かしして、動画サイトでおすすめされたアルバムを聞いていた。後で調べてわかったことだけど、そのアルバムは『恐怖』をテーマとしていて、色んな恐怖の形が歌にして表されているものだった。恐怖に怯える歌、恐怖に打ち勝つ歌、恐怖を受け入れる歌、と色んな恐怖があった。だけど、その中で一段と恐怖という名の『狂気』を感じた曲があった。そして今日頭の中で響くのは、そのアルバムの、前述した最後の曲だ。
 正直、変な感覚で聞いていた。まるで、好きなものを何度も食べて幸せな感覚のような。もしくは中毒性のある薬のような感覚で、聞いていた。だけど、その歌の内容は、一人の男の子が狂い始めて、次々にみんなみんな狂って、最後には狂った人達で大団円___というものだった。文字だけ聞くと嫌な終わり方なのに、なぜか脳に達成感が湧いていた。歌の魅力なのだろうか、夜の間ずっと聞いていた。
 それが今、というわけだ。頭が完全にあの曲のことを覚えていて、いつまでも頭の中で鳴り響いている。こういうのを、なんて言うんだっけ。野坂が何か言っていたような気がするけど、思い出せない。まぁ、今はスペイン戦も終わって次の試合に向けて集中すべき時だからな…。
 今、俺は昼食後の休憩時間に入っている。本を読んだり、好きなことをしたり、色んなことができる。まぁ、オフの日にしか外には出かけられないから、出来ないこともあるけどな。
「氷浦、入ってきていい?」
「あ、明日人か。いいぞ」
 俺がイナズマジャパンに入ってから読んでいた探偵小説を黙読していると、明日人が俺の部屋に三回ノックをして、入っていいかの許可をする。ちょうど章の区切りもついているし、ここのところ明日人と話をしていなかったから、久しぶりに会話ができるということで嬉しかった。そのため、俺は明日人を部屋に入れる。
「実は伊那国島から差し入れが届いてさ。氷浦にも分けてあげようと思ったんだ」
 明日人は右手に大量のレジ袋を持っており、万作や剛陣先輩、岩戸の分もありそうだ。
 この宿所に送られてくる差し入れは、折谷さんが念入りに検査して、通されているって聞いたことがある。伊那国島の人たちは変な物なんて入れないと思うから、安心だ。
「そうなのか、ばあちゃんからの野菜届いているかな」
「そうじゃないかな?」
 と、明日人は俺のために分けられたであろう袋を俺に渡した。
「お、芋けんぴだ!」
 やった、芋けんぴだ! 袋の中からそれを見つけると、俺は早速芋けんぴの袋を開けて、一本を食べる。味が染みてて、美味しい。
「明日人も食べるか?」
「うん!」
 俺は明日人に、一本だけ芋けんぴを渡す。それにしても、この芋けんぴは塩の味と芋の味がしみて美味しい。
「あはは、美味しいな」
「だろ?」
 そんな話をしている中、俺は明日人の持っている小瓶に目をやる。
「…なぁ明日人、それなんだ?」
 それはダイヤの形を作った、蓋がチェスのキングの頭になっている、小瓶だった。
「あ、これ?」
「お前、こんなの持ってたか?」
 あまりそういうことは聞くべきじゃないことはわかってる。だけど、知りたかった。
「実は、故郷の伊那国島から送られてきたものなんだよ。結構美味しいよ?」
 見たところ、液体の色は透明で、まるで宝石のような美しさだ。美味しい…か、明日人がいうなら、間違いないのだろう。
「じゃあ、一つ飲んでいいか?」
「うん! いっぱいあるからな!」
 と、明日人は俺に小瓶を渡す。それを手に取ると、いかにも不思議な形をしていて、なんだか宝石を触っている気分になる。蓋を開けて、俺は飲み込む。だがその時、ありえもしない苦さが俺に襲ってきた。
「…にっが!! お前こんなの飲んでるのか!?」
 いや、本当に疑問だ。俺が呼んでいる小説の内容以上に疑問だ。なんでこんな『薬』みたいなものを平然として飲んでいられるんだ。おかしいだろ。口直しに水を飲み干している中、明日人は言う。
「そうかな…美味しいとは思うけど…」
「俺には飲めそうにない」
 多分、剛陣先輩も、岩戸も、万作も飲めない。こんなの苦すぎる。何かの罰ゲームか? これでロシアンルーレットでもする気なのか!?
「…まぁとにかく、これでロシアンルーレットをする気ならやめといた方が…」
 明日人はこれでロシアンルーレットをするかもしれないと思った為、俺は忠告しようとしたそのときだった。扉が、ガンガンと叩かれたのだ。まるで、何かに追われているかのように。
「大変です! 助けてください!」
 その声は大谷か!? まるで何かに追われているようだな!? まさか、ゾンビ? いや、ゾンビはない。殺人鬼? いや、そんなドラマ染みたことは起きないだろう。そんな思考が頭の中で過ぎる。
「どうしたの!?」
「明日人くん…大変なんです!」
 明日人が扉を開ける。すると、大谷は明日人に抱きついてきた。明日人は驚いているようで、何がなんだかわからないらしい。俺からは見えないが、呼吸の速さの時点で、やばいということは確かだろう。大谷が青ざめているのを感じ取る。
「何が大変なんだ?」
 一応大谷に問い詰めてみる。何か事件でもあったら、この俺が解決するつもりだ。これでも俺のばあちゃんは昔探偵をやっていたからな。
「…ここでは説明できません。とにかく来てください」
 ここでは説明できない? どういうことだ? ゾンビと殺人鬼以上の問題なのか? …よくよく考えたらその二つはないだろう。いくらなんでも。もしかしたら、チームメイトの誰かが誘拐されたとかか!? 明日人と一星のこともあったし、それもあるか…。俺達は大谷に連れられて、宿所のフィールドに近づこうとしている。近づいていくたびに、何か叫んでいる声が聞こえる。その声は、とても聞き覚えのある声で、俺は着く前に青ざめた。
 だって、何かが起きそうな感じがするから
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!
 来てみると、案の定、灰崎だった。俺はその場から動けなかった。なぜなら、俺の知っている灰崎は、あんなに顔を真っ青にして、声を引きつらせてヒステリックにならなかったはずだ。いつも冷静沈着(とは言いがたいが)で、芯のあるまっすぐな心があったはずなのに、今では折谷さんに取り押さえられている。
「凌兵、おちつ…」
 折谷さんが灰崎の左腕を掴んだのが間違いだった。すぐに灰崎の右ストレートが折谷さんの顔に決まったからだ。灰崎には、一体何が見えているんだ?
「うぐっ…」
「折谷さん、大丈夫ですか!?」
 すぐに神門がやってきて、折谷の看護をする。その間も、灰崎は頭を抱えて唸っていた。
 その直後だった。
 灰崎が突然走ったのだ。
「灰崎!?」
 明日人がすぐに追いかけたのを見て、俺もやっと足が動いて、灰崎を追いかけることにした。灰崎の部屋のドアは開いていて、そこに灰崎は居るのだろうかと俺は察する。しかし___。
「…明日人、お前なんでここにいるんだよ」
「えっ、だってお前あんなに暴れてたはずじゃ」
「はぁ? 俺がそんな簡単に暴れるわけねぇだろ、恥ずかしい」
 灰崎は部屋から出て、明日人と何気ない会話をしていた。明日人も困っていたが、俺には何がなんだかわからなくて、冷や汗をかいていた。
「あ? 氷浦かよ。どけ」
 灰崎は何事も無かったかのように、俺をどついて廊下を歩いた。
 …一体、なんだったんだ? 俺の見間違いか? いや、見間違いな筈がない。俺は灰崎のいたフィールドに立っている。そこには、灰崎が自分で引っ張ったであろう灰色の髪が落ちていた。やっぱり、見間違いじゃない。でも、確証はない。あれは、一体なんだったんだ?

壱 そんなこと、俺は存じてない.

 屠。それを、俺はスマホの動画アプリで知る。なぜ、知ったのか。それは…あまり言いたくはないけど、みんなの言うムフフが気になって、調べてみたんだ。でも、そのムフフに関連する動画は見つからなくて、諦めかけていた。するとそこに、検索結果の動画の下らへんにある動画に、豚や牛などの動物のサムネの動画を見つけ、タップする。なんと、それは俺が想像していたものとは遠く離れていて、家畜としての豚と牛がその肉を取られている動画だった。ここで初めて、俺は動画のタイトルに書いてあった、『屠り』の文字の意味を知る。
「…久しぶりに気分悪くなったな」
 気持ち悪さと怖さに、こんなの見なくていいと脳が拒絶していて、頭が痛くなる。こんなに気分が悪くなったのは、伊那国島で重い風邪にかかった時以来だ。まぁ、あれは身体的だけど、こっちは精神にダメージが入った。
 俺は部屋を出て、ロビーにあるドリンクバーに行く。紙コップを取りだし、ジュースを決めて紙コップにジュースを注ぐ。
「ふぅ…あまり折谷さんから飲まないようにって言われているけど、コーラはやっぱり美味しいな」
 俺は紙コップに入ったコーラを飲み干す。美味しい。やっぱり、炭酸飲料は美味しい。最初は口の中で炭酸がはじけて嫌な感じだったけど、慣れてしまえば案外いける。あ、もちろん俺の故郷の伊那国島のラムネも美味しい。だけど、都会は凄いな。これだけ色んな人が好む飲み物を作れちゃうんだから。
「…おっと、休憩時間はもう終わりだな…」
 左手首に付けられたイレブンバンドのタイマーのアラームで、俺は休憩時間が終わったことを知る。俺は、何かの時間が終わったことを確かめる為に、こうしてイレブンバンドに、タイマーをしているのだ。これで昔、休憩時間が終わったことに気づかなくて、すでにグランドに居た鬼道さんに怒られたことがある。今は鬼道さんは居ないけど、鬼道さんに言われたとおり、タイマーを付けて休憩時間が終わったことを確かめている。まだ、コーラ飲みたいけど。
 この宿所には、色々な設備が整っている。俺が居たドリンクバーも、トレーニングルームも、その他備品も、色々と揃っている。部屋も、日本にいた時は二人で一つの部屋だったけど、今は一人一人の部屋になっている。(西蔭は野坂と同室を希望したけど)さすが、このチームが初出場にして本線にまで上り詰めたかいはあるな。
「やぁ、貴利名」
「あ、折谷さん。どうしたんですか?」
 グランドに入ると、早速折谷さんから声をかけられた。もしかして、コーラを飲んだことを怒っているのかなと、俺は怒られる覚悟をする。イレブンバンドには、色んなことを計算できる機能がある。折谷さんはいつも優しいけど、選手の健康状態に関しては厳しい。さっきのコーラだって、どれだけカロリーがあるか…。
「…あれ。もしかして貴利名。自分がコーラを黙って飲んだことに、僕が怒ると思っているのかい?」
「え、違うんですか?」
「うん。それに関しては何も言わないよ。ただ、運動してその接種したカロリーをどうやって消費していくかが重要だ。いきなり摂取したカロリーの分だけ運動して減らしても、次の日にはコンディションを崩してしまう。だから、少しずつ、カロリーを消費していかないとね」
「…すみませんでした」
「謝ってほしいわけじゃない。それよりも、最近明日人、凌兵、悠馬、光の飲み物の接種の間隔が極端に短いんだ。あ、イレブンバンドでそういうことはわかるからね。だからというわけじゃないけど、四人の共通の知り合いでもある貴利名に頼みごとをしたいんだよ」
 折谷さんは、俺が勝手にコーラを飲んだことを怒ると思ったけど、なんと折谷さんは俺に頼みごとをしてきた。明日人たちが、最近飲み物を飲む回数が多いって言っていたような。でも、それは運動しているなら、なおさら水分補給のために飲まないと…いや、練習中に一気に飲み物を飲み過ぎちゃだめだって折谷さんに言われているし、これは放って置くわけにはいかないな。
「なるほど、わかりました。少し注意しにいきますね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
 監督からはこちらから伝えておくね。と折谷さんから言われながら、俺は四人の居るところを探した。明日人はグランドで練習しているだろう。それじゃなかったら、トレーニングルームだろうか。
「あ、明日人―!」
 よかった。案外簡単に明日人は見つかった。どうやらグランドで灰崎と話していたみたいだ。
「どうしたの? 氷浦」
「実は、折谷さんから、明日人と灰崎の飲み物を飲む頻度が多いから、注意しておくようにって言われたんだ」
「まじかよ…飲み物を飲む回数まで制限されんのかよ…」
「あんまり飲みすぎると良くないってさ」
 簡単に理由を言って、灰崎を落ち着かせる。
「あ、そういうこと? わかった、飲むの控えておくね」
 この調子だと、明日人から灰崎にと情報が渡るだろう。よし、あとは野坂と一星だ。でもなんだ? 何を飲んでいたんだ?
「あ、そういえば何を飲んでいたんだ?」
「…普通の水だよ?」
 明日人は、なんだか迷ったように黙ったあと、俺の質問に答えた。
「そうなんだ…じゃあ、俺はあと野坂と一星に伝えておくからな!」
 急いでいるわけじゃないけど、俺は二人の元へと走る。
「…だけど、本当にただの水だったのか? 普通ならスポーツ飲料だとは思うけどな…」
 どうしても気になってしまう。でも、関係ないと切り捨て、俺は野坂の元に向かう。
「あ、西蔭。野坂と一星知らないか?」
 大きい体格の西蔭が見え、俺は二人とは仲がいい西蔭に、二人がどこにいるか聞くことにした。
「野坂さんと一星なら…」
「やあ西蔭、氷浦くん」
 わっ! 野坂は西蔭の後ろからぬるっと現れて、俺は思わず右足が後ろに下がる。
「野坂さん…」
「ところで、僕になんの用かな。氷浦くん」
 なんだ…気づいていたのか…本当に勘が鋭いなぁ…まぁ、ここで考えても仕方ないから、俺は野坂に要件を伝える。
「……なるほど、飲み物を飲む回数が多いということなんだ。わかった。一星くんにも伝えておくね。西蔭、行くよ」
 何やら急いでいるかのように、野坂は西蔭を連れて部屋の方へ行く。
「…よし、四人に伝えたことを折谷さんに伝えに行こう」
 もうすぐスペイン戦。俺も力をつけないとな。

 

新しい小説について。

また駆け落ちかよ。って思われるかもしれない。

まぁざっくり説明すると、将棋の女王と呼ばれる少女(高校二年生)がイナズマジャパンのマネージャーになる話。

なんていう占ツクにありそうなストーリーです。

特に愛されもキャラ崩壊もさせないつもりですので、そこのところよろしくお願いいたします

誰かさんのカルテ 1無限の死

 患者名
 稲森明日人
 灰崎凌兵
 野坂悠馬
 一星光

 

  彼らは、日本の病院から遠く離れた、富士の樹海の奥地に建てられた精神病院、「ロボトニー」に収容してください。また、どの人間でも、精神病院の近くを通ることは許されません。その為、病院周辺には、警備員が警備を行っております。もし観光客、遭難者がこの病院の存在に気づいたときは、カバーストーリーを提示して、情報の秘匿を行ってください。また、当精神病院には、万が一彼らが病室から脱走した時のために、国家から派遣された軍隊が保護を行います。
 また、彼らの世話を担当するのは、医療資格、看護師国家試験を合格したという証明を持つ犯罪囚、死刑囚に担当させてください。


 説明
 彼らは、オリオン財団の作り上げた薬物、『ルナティックキング』の接種によって発症した、伝達性海綿状脳症患者の四人組を表します。彼らは元中学サッカー日本代表のイナズマジャパンの選手で、精神安定のために例の薬物を接種したことが伺えます。
 彼らは、それぞれ狂笑・呻吟・号哭・哀哭を繰り返し、不規則に院内を脱走し、暴れ出すという事例が多数を占めます。また、当医院に入院する前も、このような事例がイナズマジャパンの宿所で大量発生したそうです。
 現在、この症状の緩和、治療を行うため、様々な手術を施していますが、今だに治る気配はありません。

 

 補足
 また、イナズマジャパンの元選手も現時点で彼らと似たようなことを起こしており、入院させた方がいいのではないだろうかという議論が今も続いております。

 

 伝達性海綿状脳症:脳の組織にスポンジ(海綿)状の変化をひきおこす神経性の病気で、その原因は未だ十分に解明されていない伝達因子と考えられています。

 

 ***

 

 かつて、自分たちがここで走り込みをしていたかの場所、河川敷には彼岸花が咲いていた。血のように美しく、炎のように穢らわしく、そこに咲いていた。まさにその例え通り、彼岸花には毒がある。おそらく、致死量ではなくとも、体内を狂わせることなど可能だ。だが、むしろ長く苦しめるよりも、一気に殺して欲しいくらいだ。その方が、誰もこんなに苦しまなくて済む。
「もう、来たくはなかったんだけどな」
 俺は、自分が持っている花束を見て、鼻で笑った。俺は今、サッカーをやめているはずなのに、なんで、この足はあそこに向かっているのだろうか。あそこに行ったって、なんの得にもならない。せいぜい傷つくだけだ。
 そして今、俺がどんな気持ちで、あそこに向かっていることなんて、誰も知る由はないだろう。そう、家畜のように、みんなみんな、あいつらのことなんて知らない。そう、知らない方が、幸せだ。
「_お前も、来ていたんだな」
「西蔭…あぁそうだよ。俺は、もう来たくなかった。忘れてしまいたかったよ。あんなところ、来ても何もないのにさ」
 俺は三又に分かれた道の交差点で、西蔭と会った。十年経っても、昔の頃のままで、どこか懐かしかった。
「俺も、来たくはなかった。だが、どうしても、あの人に会いたいんだ」
「野坂、か」
「氷浦、もうあの人を野坂と呼ぶな」
 西蔭が会いたがっている相手の名は知っている。だけど、それを言うと、西蔭が釘をさした。それを聞いて、俺はわかったよ。とだけ口にした。もう、西蔭はあの人(野坂)のことを何も思っていないようだ。だが、それでも会いたいと思えるのだから、凄い忠誠心を持っていたんだなと感心する。
「…んでも、西蔭はの…あの人に会いたいんだな」
「あぁ、忘れたくとも忘れられないんだ。心が、それではダメだと」
 それは、俺も同じだ。あの幼馴染のことなど、忘れるつもりだった。
 でも、忘れられないんだ。
 大事に育てた家畜(人間)だって、いつかは屠られて、忘れられてしまうのに。

 

 東京の都会から遠く離れた森の中に、彼らはいた。世界中から隔離された、その場所に。その場所は、通常の精神病院とは違い、四人のために作られた病院だ。本来は普通の病院だったのだが、他の患者との接触を避けるため、街にある病院とは違って森の中にあるのだ。その理由は、俺たちが一番知っている。
 俺たちは面会をしようと、受付で話をする。ここで働いている従業員は、大体が何らかの罪を犯して、死刑になった人達だけだ。あるいは、モグリの医者か。すると、廊下で人影が見えた。青く伸びた髪が見えたから、おそらくあいつ(一星)だろう。今日も、大好きな兄を探している。兄とサッカーをするために。
「………面会に来る者は、俺たち以外に居なくなっちゃったな」
「あぁ」
 受付の看護師に言われて、俺たちは鍵の掛かっている個室で、あいつが再び保護されるのを待つ。その間、俺と西蔭は昔を思い出していた。昔は、二人だけではなかったのだ。それはもちろん、イナズマジャパン全員でお見舞いに行ったくらいだ。だが、それも今や二人。あと、二十三人居たはずなのに。
「皆、怖いんだよな。あいつらに会うのが」
「まぁ、あんなに狂っていたらな。会いたくなくなるだろう」
 そう西蔭は、古いスマホにあるメッセージアプリに残された、あいつの名前のメッセージ欄を見つめていた。俺も、気まずそうにかつてのあいつと撮った写真を立ち上げる。
 そこには、かつて笑いあった俺と、四人の姿があった。

 

 


 あいつらは、危険で、化け物で、そして、何度も死を繰り返している。
 今日も、あいつは笑っている。
 昨日も、あいつは唸っている。
 一昨日も、あいつは叫んで、
 昨年も、あいつは泣いている。
 もう何年目だ? あいつらはいつになったら元に戻ってくれる?
 それに、俺たちは、いつまでこんなことをすればいいんだ?